桜井和寿さんは、Mr.Childrenの楽曲のほとんどを作詩していますが、その歌詞として書いている内容は、どんな思いナノでしょう。

アーティストとしては自分の思想を広めたいものだと思いますが。とくにロックは。

しかし、近年の桜井さんは、個人的な主張や、訴えたいメッセージを歌詞にしているわけではないと言うんです。

どういうことかというと…

●2010年

桜井 「僕は、音楽を通じて、言葉を通じて、個人であることを通り越したい気がする。だから、僕がコンプレックスを抱いているとか、好きな子がいるとか、僕がどういう人格かということを通り越して、音楽や言葉が人と人とを結びつけたいという思いがすごく強いんだと思います。だから、最近は、自分がこうしたいとか、こんなことを思ってるとか、っていうようなことを詩にするのがすごく抵抗があって。その音楽に向き合う時はできるだけ自分をまっさらな何も考えない状態にして、その音と向き合う時に、その音楽が自分の中の何かを引き出してくれて、その引き出た何かがリスナーの何かと結びついて共に共有するというか、そんなことをいつも目指している。」

●2012年

桜井 「言葉っていうのは、本当に一番最後に出てくるんですけど、僕自身、生きてる上であんまり主張とか、メッセージをほとんど持っていないし、ポカーンと生きてるんですけど、そういう人間が、こうやって音を出して、メロディーがあって、そこに言葉を乗っけて無理やり吐き出してみると、俺は心の奥深くでこんなことを思ってたみたいなものが音楽に引き出される。その瞬間がなんとなく感動で。それは自分だけじゃなくて、音と向き合っていると新しい自分が引き出されるみたいなことはあると…(メンバーに)違いますかね?」

言葉は、音と向き合うことで心の奥から引き出されるものだと言う桜井さん。

桜井さんは、よく「無意識」が作り出すものを大事にしていると言っています。

自転車に乗っていたり、サウナに入っていたり、トイレに入ったりして、何も考えていないとき=無意識の時に曲や詩が降りてくることが多いようなんです。

まず、メロディーが浮かんで、それに適当な英語やラララの歌を仮につけて、メンバーで曲をアレンジして、その演奏とデタラメな仮の歌からインスピレーションを受けて、具体的な言葉としての歌詞をつけるという作詞法をしているようなんですね。

だから、主張やメッセージ有木で、それを伝えるために作詞をしてないと言うんです。

考えていること・思っていることという表面的な思いよりもっと心の深くにある、普段は意識してないような思いが、曲からひきだされ、歌詞になっているということなのでしょう。

桜井さんの心の奥底にあった、その思いというのは、恐らく多くの人も持っているけど、言葉にできないでいた思いでもあるのではないかと思います。

言葉でうまく説明できない、もやっとしたそんな気持ちを、桜井さんが巧みな表現力で言葉にしてくれることで、リスナーは励まされたりするのではないかと。

そうやって、ミスチルとリスナーが曲で共感できることが、2010年の桜井さんが言う…言葉を通しての「結びつき」や「共有」なのだと思います。

違いますかね?

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